東京地方裁判所 昭和37年(レ)410号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と判断〕本件土地は昭和二九年頃控訴人らの先代宮崎庄衛から被控訴人の先代伊井茂に対し建物所有の目的で期間の定めなく賃貸されていた。伊井茂は昭和三五年五月一八日死亡したが、その相続人たる被控訴人および岩崎ヱイ、藤野操が昭和三二年一月分以降の延滞賃料の支払をしなかつたので、宮崎庄衛は昭和三五年六月中旬頃被控訴人に対し口頭で右延滞賃料の支払を催告したうえ、被控訴人に対し同年七月七日着の内容証明郵便で本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。宮崎庄衛は昭和三六年一一月二〇日死亡し、控訴人らが相続したので、控訴人らは所有権に基いて本件家屋収去土地明渡を求めた。被控訴人の賃借権ある旨の抗弁に対し、控訴人らは再抗弁として右賃貸借契約解除を主張し、被控訴人の共同相続人岩崎、藤野はいずれも他地に嫁して本件家屋には居住しておらず、かつその後に相続を放棄(昭和三五年一一月四日)受理していること等の事実を挙げて、被控訴人のみに対してなされた前記催告並びに契約解除の意思表示は有効である旨主張した。
判決は、控訴人らの先代庄衛のした催告ならびに契約解除の意思表示が無効たるゆえんを次のように説く。曰く、
「また、共同相続人たる岩崎及び藤野は相続放棄をなす以前においては本件賃借権については共同賃借人としての権利を有し、この権利はそれ自体一つの財産的価値のある権利であり、加えて賃借土地上に存する本件建物についても相続分に応じた持分権を有していたものであるから、本件賃貸借契約の消長により当然右相続により取得した財産権に影響をうけることになり、また、……によれば、被控訴人は六一才の無職無資産の一人暮しの婦人であつて、身寄としては姉妹たる岩崎、藤野だけであることが認められるから、本件賃借権が消滅することになれば、被控訴人は本件家屋に居住することができなくなり、その経済的負担は岩崎、藤野に及ぶ結果ともなるのである。以上のような点からして賃借権の消長は、共同相続人たる岩崎、藤野にとつて法律上、事実上の重大なる利害に関するものであるといえるから、共同相続人の一人である被控訴人が本件家屋を直接占有管理しているからといつて、そのことの故に、何ら特約もないのに、本件賃借権につき被控訴人が岩崎、藤野のために、催告及び解除の意思表示を受ける権限があると解すべきものではない。」
「また、前記争いのない事実によつて明らかな如く、岩崎、藤野が相続を放棄した結果被控訴人が単独相続をなしたが、被控訴人に対する解除の意思表示は前記の如く解除の要件である岩崎、藤野に対する催告を欠き無効のものであつた。そうである以上、その後に右岩崎、藤野の相続放棄があつたため被控訴人が相続開始時に遡つて単独相続をしたことになつたとしても、本件解除の意思表示が遡つて適法となるものでないことは明らかである。」(西山要 中川哲男 岸本昌己)